今に繋がる過去について<幼少期〜高校時代>

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こんにちは!ふかやんです!

今回の記事では僕を作り上げてきた過去についてより深掘ってみようかと思います。

ただの思い出の振り返りにならないように、

  1. 今の自分の原点かも〜という部分
  2. 今の選択をするターニングポイントだったな〜と思う出来事について

書いていけたらと思います!

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幼少時代

幼少時代には一番強い原体験があるって言いますよね。自分の人生の軸になるような経験。みなさんはあったりしますか?

根は真面目|ヒーローに憧れて

 

僕も多分いくつか思い当たる節はあるんですけど、一番大きいのは特撮です。

今でも僕は戦隊モノと、特に仮面ライダーが大好きです。2歳の時の8ミリカメラではオーレンジャーショーを後楽園遊園地まで観に行って、「抹殺」って言いながら客席にやってくる敵のザコ兵にめちゃくちゃビビってました(笑)

それなのに家に帰ってからは、買ってもらったであろうオーレンジャーのお面を着けて、膨らませる形式のソードで親父を叩きまくっていました。笑
まぁ男の子らしい男の子と言いますか、ヒーローに憧れて無駄に正義感強く育ったんじゃないかなって思います。

今でも仮面ライダーは大好きです。

小学校時代

弱小サッカーチーム|失敗に鈍感な精神

僕は小学校1年からサッカーを始めました。ただ、めちゃくちゃ弱かった。どのくらい弱いかって市内大会で14-0で負けるくらい笑。サッカーの14-0ってもう何ですかね、コールド負け×2みたいな感覚。悔しさとかも生まれない感じ。

ただ、ここで打たれ強さと言いますか、負けとか失敗に対してへこたれない精神がめちゃつきました!

ミスなんかビビらずチャレンジして「これだと敵をかわせるんだ!」とか、「利き脚じゃない方でもたくさんボール触ろう!」とか。

 

そして僕のチームにはもう一つ面白い文化があった。

それは「ボールを浮かすな。」というもの。小学校の時って、ちょっと足速いのがいて、ちょっとボールを遠くまで蹴れるやつがいると、結構あっさり点が入ってしまう。14-0の時なんかまさにそんな感じでした。

勝てるし、遠くまで蹴れるのかっこいいし、そん時は何でボールを浮かしちゃダメなのかわからなかった。

しかし高学年になるにつれその小さな積み重ねが血肉となって、チーム全体の個人のうまさが凄いことになったんです。大会に出ると自分たちも気づき始める。「あれ?みんな弱くなった?いや。俺たちが上手くなってる?」

小5~6の時には14-0で負けていたチームにも2-2まで押し返せるチームになっていて、まさに少年マンガみたいな展開に。亀仙人に甲羅持たされて修行してたら、めちゃ強くなってた!!みたいな。

このチームで挑んだ最後のフットサル大会ではなんと優勝することができました。この成功経験は多分今でもずっと強く残っていて、当時のビデオを見返すたびに涙が込み上げてきます。

失敗を恐れないチャレンジ精神周りのことを気にせず本質を見てそこを努力するということをこのチームから学びました。

中学時代

鶏口となるも牛後となるなかれ|クラブチームに入って

中学ではそのまま部活に所属せずにセレクションを受けて、クラブチームに所属しました。今までのチームでは考えられない競争環境。1年生の頃は試合に出られていたものの2年生になってから上手くいかず、冬に辞める決断をしました。

この時、人生で初めて大きな挫折とそれに対する決断をしたと思います。

前向きに捉えれば「鶏口となるも牛後となるなかれ」的な教訓を得たと思いつつ、後ろ向きに考えれば、最後までやり切れなかった悔しさが残りました。

失なってから気づく|父の死

受験勉強の真っ最中、高3の12月に僕の父は還らぬ人となりました。突然の死だったので、現実かもよくわからない状況でした。

ただはっきり覚えているのは、家族を自分が守らなきゃって本能と、一人の命の儚さです。

不思議と悲しみは長く続かず、僕は前を向いていました。そうじゃなきゃダメだ、って何故か思いました。本当はものすごいいろんな感情がめまぐるしく頭を飛び回っていた気がします。

失なってから気づく。様々な場面で使われる言葉ですが、それじゃあ遅い。ってことは無いと僕はこの時から思うようになりました。

ヘビースモーカー、怒ると手が出る、テレビ番組勝手に切り替える、トイレ長いとか嫌いなところたくさんあったけど、

いつでも輪の中心にいる、芸達者、みんなを笑わせるのが得意、サプライズが好き、よくまぁ思いつく親父ギャグ・替え歌、機転の良さと言った、誇りで尊敬する部分がたくさんあったなって気付きました。

僕もそんな父を目指して生きようって思いました。失なってから気づいてもそれをどんな形であれ自己に落とし込めれば、その失いには大きな意味があると思います。

今でも僕は父の背中を見て歩いています。

高校時代

浅く広く。から深く狭く。の志向へ|マンモス校入学

僕は受験の末、第一志望である全校生徒2000人を超えるマンモス校へ入学しました。同じ中学からは3人しか行かなかったので(僕以外女の子)、本当に新たなスタートといった感じでした。

卒業する頃には同級生の半分(300人)とは友達になってやる!と意気込んでいました(笑)

結論、なれたとは思っています。僕の高校は珍しく単位制で、授業はクラスがごちゃ混ぜで行われます。そのためクラスルームは昼に行われ、それまでクラスメイトが集結することはありません。クラス替えもあるため、とにかく多くの人とは関わることができていたと思います。

しかし、すーごい浅かったのかもな。と今になって思います。すごい楽しかった青春であるはずなのに、20代を超えてから会う友達は中学や大学時代と比べて圧倒的に少ないです。悲しみ。

もともと顔が広く、誰とでも仲良くやってきたと思っていた僕ですが、この時深さの大切さに気づきました。

でもつるむ人間を絞ろうだなんてちゃんちゃら思いません。深く広くを目指し続けることが大事だなって今は思います。

立ち止まったっていい。|人生そのものだったサッカー

部活はもちろんサッカー部に所属。県でもベスト8に入るような強さを誇っていたので、部員数はなんと100人←

一度戦いの場から逃げた僕にとってはリベンジの決意でもありました。

しかし、漫画のようなサクセスストーリー的には行かないのが人生。

全くと言って良いほど芽が出ず、自尊心もなくなり、自分がいかに井の中の蛙だったのかを思い知らされる日々でした。

そして高2の2月ごろ僕は休部をしました。続けるのも辛い、中学の時に逃げた自分をもう一度繰り返すのも嫌。大好きだったはずのサッカーが自分の首を締めていて毎日辛くなっていたのです。

そこで僕は退部ではなく休部をしました。部活のない時間をとにかく過ごしてみたんです。

放課後そのままクラスメイトとカラオケに行ったり、映画を観たり、早めに帰ってウイイレしたり、すごい有意義だな〜って思っていました。

しかし、1ヶ月もそんなことを続けていたら、目標のない人生に嫌気が差していました。なんのプレッシャーや圧力もない生活が実は好きではないってことに気がつきました。

1ヶ月経ち、僕は部活に戻り、もう一度仲間と共に頑張ることを決意しました。戻った初日、部室に行くと僕の席があたかもずっと僕が居たかのように残っていた時は涙が止まりませんでした。

その後、僕はインハイの登録メンバー(公式戦ではスタメン11人に対して20人程選手登録ができる)に入ることができました。(バリバリのスタメンになれない辺りが現実的w)

きっとあのままもがいていたらダメでした。立ち止まって俯瞰して、やりたいと思っていたこともやってみて、それでもやりたいのかやりたくないのか、考えることが大切だと気付けました。

10代まとめ

書いていて思いましたが、ターニングポイントってあれもかこれもか?って節々にあるんだって気付きました。到底書ききれませんね。笑

しかし、わざわざ言葉にもしないくらいの自分の軸は10代にあるなって改めて思いました。

この後、僕は高校にてサッカーを本気で取り組むことを辞め、大学進学を決意し新たな挑戦をしていくことに決めました。そして、それをやり切る。

そんな20代の話は次回。

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