親愛なる“背番号6番”へ

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親愛なる“背番号6番”へ

まさかこのブログの2記事目がこのような内容になるとは思っていませんでした。

先日、小学校時代からの友人が亡くなりました。
書くかどうかも迷いましたが、当時の僕に、そして今の僕に大きな影響を与えてくれた大切な仲間の1人として、言葉を残したいです。


その訃報は突然でした。原因は再発してしまった癌だったようです。一度癌になって摘出したという事実すら僕は知らず、今年の夏に会った時もそんな素振りはなかったので本当に突然でした。

どうやら数人の人にだけ打ち明けて、できるだけ心配をかけないようにしていたみたいです。とことん優しいやつです。

僕の一部をつくった彼の存在

小1の時の市内大会にて

彼の名前は松井惇。名前はザ・日本人ですが、写真にもあるようにハーフです。

彼と知り合ったのは小学校から始めたサッカーです。以後6年間同じチームで切磋琢磨し、共に市の選抜に呼ばれるようにもなりました。中学では部活には入らず別々のクラブチームに所属。高校でもお互い県のベスト8あたりに位置する部活でサッカーをし続けていました。

彼がいたことで、当時僕は“井の中の蛙”にならず、サッカーに向き合い続けてこられたと思います。

同じくらいのタイミングで周りよりも少し上手くなってきて、じゅんは主にディフェンス、僕が主にオフェンスでチームを引っ張るようになりました。それを評価してもらい市の選抜にも選ばれて、、、とレベルの高い環境に少しずつ身を置くようになりました。

もちろんめちゃ仲は良いけど、お互い負けたくない存在だった。
そういう存在が身近に居たことで僕はサッカーにおいてだけでなく、あらゆる場面で現状に驕らない性格になったと思っています。


また、すごい言い方は悪いかもしれないですが、彼は見た目が僕らと違いました。しかしそんなことに全く動じてないようなじゅんの明るさや真っ直ぐさ、ちょっとしたいじりも笑いに変える愛嬌がどんな場所でも人気者だった所以だろうなと感じます。

小学校時代にそんな彼と出会って、僕は自然と見た目で人を判断しなくなりました。どんな人にも取り繕わない態度で接することが自然とできるようになっていたのは、じゅんの影響が大きかったと今になって思います。

高校サッカーを終えて

小学3年時の運動会

高校サッカーを最後に僕は大学進学を選び、サッカーを本気でやることを辞め、新しいことに挑戦することを選びました。

一方でなんと彼はブラジルへと旅立ちました。
向こうでまだまだサッカーをやる!と、向こうのチームに入ってプロになることを目指したのです。

その時、彼は推薦をもらっていた大学を辞退し、高校側からめっちゃ怒られていました(笑)
でもその姿勢が、覚悟が、僕にはすごいキラキラして見えました。

自分の容姿のことなんて気にもせず、僕と切磋琢磨してきたその道で、彼は異国の地へ勝負しに行ったんです。

結果的に彼は数年向こうで頑張ったのちに日本に帰ってきてJリーガーを目指しましたが、癌にも関わってくる体調の問題でサッカー選手の夢を断つこととなりました。

悔しかっただろうな・・・


じゅんがブラジルに行ったことは当時の僕に衝撃を与えただけでなく、僕が今スペインへ行こうという覚悟を決める上で、とても背中を押してくれた出来事でした。

実は、彼が亡くなったという連絡を受けた前日に、僕はこのブログで「今に繋がる過去」という記事を書いていました。まだ下書き状態ですが、ちょうど小学校時代、要は上記したような「彼から受け取った大切なこと」を書いていたまさにその瞬間だったんです。

「人の生きた証は出会ってきた人の心の中にあるんだ。」という言葉を身をもって感じた瞬間でした。

彼が逝ってしまう前にサッカーができて本当に良かった。彼の最後に立ち会えて本当に良かった。

このタイミングで彼がこの世を去ってしまったことは僕にとってかけがえのないメッセージとなりました。

人生一度きり。明日死ぬとしたら今、何をする?

実は、僕のブログのタイトル「YOLO」は「You Only Live Once」の略で、人生一度切りを意味します。

ありふれた言葉のようで、でもそれを理解しても行動にできないのが僕たちです。じゅんはこの問いを自分の命で伝えてくれました。
僕は「スペインへ行く」という明日死んでも後悔しない道を彼が死ぬ直前に選ぶことができました。彼に再認識させられ、より一層その想いは強固なものとなりました。

本当に最後の最後まで彼からもらってばかりだ・・・。

最後に

彼のお通夜の会場に、当時ブラジルへ行く彼に向けて僕たちが書いたメッセージ入りのサッカーボールが置いてありました。
僕はこんなことを彼に書いていました。

 

「ブラジルに行っても頑張れ!!プロになって帰ってこいよ!!俺の夢はお前に託した。」

 

僕は夢を託していました。彼の夢が叶うことは僕の夢が叶うこと。託すってそういう感覚ですよね。

僕はこれを「じゅんが最後に僕に返してきたメッセージ」だと勝手に思って、勝手に解釈することにしました。

 

「スペインに行っても頑張れ!!やりたいこと実現して帰ってこいよ!!俺の夢はお前に託した。」

 

託されます。良いですよね?きっと。

2018年12月15日弔いフットサル

小学校の時の惇の背番号「6番」は俺らにとっての永久欠番です。

ありがとう惇。お前の分まで自分の貫いた路を生きるよ。

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